松田和洋業績内容要旨
業績題名 “マイコプラズマ感染症”を克服するためのコンパニオン診断薬およびワクチン開発
がんや膠原病などの難病といわれる疾患の原因を解明したいと思い、山口大学医学部に入学し、同大学の大学院に進みました。山口大学第3内科の病棟では、白血病などの難病に対する治療をおこない、当時の日本ではまだ症例が少なかった骨髄移植も経験いたしました。その中で、「難病を予防し根治できるような研究がしたい、そのために、基礎の医学研究から探究し、その成果を臨床に活かしていきたい。」と強く思うようになりました。
従来、糖脂質はリン脂質などと共に、細胞の形態形成、小胞輸送、細胞内シグナル伝達など、重要な生体機能の制御に関与していることが知られています。また、脂質抗原はNKT 細胞を介して免疫調節機構に働き、感染症・自己免疫疾患・がん免疫において重要な役割をしています。そこで、脂質解析から重要な情報が得られるのではないかと考え、エイズおよび HTLV-I感染における免疫細胞の糖リン脂質の解析を始め(主な関係業績2)、イノシトールや糖脂質などを生化学的に比較しました。この研究を進める過程で、ヒトレトロウイルスに感染している細胞に、細胞シグナルに重要なlysophosphatidylcholine、sphingomyelinおよびplatelet-activating factor(PAF)と見誤るほどよく似た性質を持った新規のコリンを有する糖リン脂質が見えてきました。
そこで、細胞を培養し、この物質の精製、構造解析を進め、5年の歳月を要して構造の論文を発表しました。構造から、炎症シグナルと増殖シグナルに対して影響を与えるであろうことが推測され、コリンあるいはアミン誘導体であることからコリナージックニューロンやアドレナジックニューロンに作用する可能性を持つ物質でした(当該業績4,5、主な関連業績3)。
セレンデピティ(serendipity)という言葉がありますが、まさにこの言葉の通りに、その後、この物質は細胞の成分ではなく、細胞と共生していたマイコプラズマが生成する成分であることがわかり、この発見がその後の私の重要な研究テーマになりました。
マイコプラズマという微生物のユニークな脂質抗原は、免疫応答など様々な生命現象で重要な機能を担っていることから、マイコプラズマ感染症の病態解明や、ワクチンなど治療薬開発の重要な手がかりになると考えさらに研究を進めました(当該業績1、主な関係業績4)。
発見したマイコプラズマのユニークな糖脂質抗原について、構造決定および化学合成に成功しました(当該業績2、主な関係業績5~8)。マイコプラズマ・ニューモニエからは、グリセロ型の糖脂質を基本骨格に持つ GGL Glc-typeとGGL Gal-typeの2種類の糖脂質抗原を(当該業績2)、マイコプラズマ・ファーメンタンスからは脂質抗原GGPLs: GGPL-Ⅰおよび GGPL-Ⅲを発見し構造解析を行ないました。GGPL-Ⅰはグリセロ型の糖脂質を基本骨格に持ち、糖の6位にホスホコリン基があり、GGPL-Ⅲはホスホコリン基の間にさらにホスホセリノール基を有する構造であることを明らかにしました(当該業績4,5、主な関係業績3)。これらの糖脂質抗原は特異的な酵素により生合成されていました(主な関係業績9,10)。
そこで、これらの最先端技術を実用化するためにバイオベンチャーを創設し、感染症による発がんや炎症などの免疫異常、自己免疫疾患を、一貫した研究テーマとしています(主な関係業績9~13、プロジェクト1~5)。
マイコプラズマ感染症は、肺炎のみでなく、関節炎・腎炎・髄膜炎・脳炎・膵炎・血管炎・皮膚炎など肺以外の全身のいろいろな症状を起こし、喘息・リウマチ性疾患・神経系疾患・血液異常など慢性の炎症性疾患や免疫難病などと区別が難しい多彩な症状を呈する ことがわかってきています(主な関係業績1)。マイコプラズマ・ニューモニエは、肺炎の原因菌のひとつとして知られている微生物です。急性気管支炎では、マイコプラズマが第1の原因菌とされており、その1~2%が肺炎にまで進行します。高齢者の死因3位である肺炎の15~30%はマイコプラズマによるものであるといわれています。感染により免疫異常を引き起こし、喘息及び慢性閉塞性肺疾患(COPD)等の下気道疾患や多発性硬化症などの神経疾患の原因微生物になっていると考えられています。また、マイコプラズマ・ファーメンタンスは、関節リウマチやその他のリウマチ性疾患の原因の一つではないかと報告されてきています(当該業績1,3、主な関係業績1)。したがって、マイコプラズマ感染症を、いかに正確に早期に発見し診断できるかが、マイコプラズマ感染症に有効な抗生剤療法を適切に行うための非常に重要な分岐点になります。さらに、耐性菌の出現に対する対策、再生や移植医療、皮疹などの薬剤の副作用との鑑別にもマイコプラズマ感染状態の的確な把握が重要です(主な関係業績1)。
たとえば、この感染症は、皮膚粘膜型の重症皮疹を呈するスティーブンス・ジョンソン症候群の原因にもなることがわかっていますが、従来の検査法では限界があるため見逃されてしまうことも多くあります。杏林大学医学部皮膚科との共同研究で、肺症状のないスティーブンス・ジョンソン症候群の患者が複数確認できました。また、マイコプラズマは、川崎病症状の原因にもなります。川崎病は、今年も1.4万人が発症しています。さらに、マイコプラズマ感染症に関連がある慢性疲労症候群や線維筋痛症関連についても症例が蓄積され始めています。2003 年のカナダの合意文書にも、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群の原因としてマイコプラズマ感染について記載され、輸血についても注意が必要なことが書かれています。
現在、この新しい検査法を用いて、マイコプラズマ感染症を早期に発見し、病因を根治的に治療する先端医療を提案しています。この検査法は脂質抗原抗体価を測定するもので、感度や特異性が高く定量性があり、抗体価についてはIgM・ IgG・IgAを別々に測定でき、原因根治的な創薬のためコンパニオン診断薬としても期待されています(主な関係業績13、学会発表1~19)。
さらに、天然と完全に同じ脂質抗原を化学合成して作成できため、最もシンプルなマイコプラズマ感染症ワクチンとして国際特許を申請しました。培養によるロット差や、抗原の不安定性がない、半永久的に保存し必要に応じて準備できる理想的なワクチンとしての可能性が注目されています。ワクチン開発は、政府など社会的な支援を得ながら、グローバルに進めていく必要があります。
マイコプラズマ感染症は、社会的に影響の大きな感染症なので、次世代への医療システムの提案により社会貢献ができると思っています。
【当該業績】
1.Antigens: Lipids K. Matsuda
Encyclopedia of Life Science 3rd edition, John Wiley & Sons, Inc.
(http://www.els.net/WileyCDA/ElsArticle/refId-a0000501.html) , 2011
2.Synthesis and absolute structures of
Mycoplasma pneumoniae β-glycosyl-sn-glycerolipid antigens
A. Miyachi, A. Miyazaki, Y. Shingu, K.
Matsuda, H. Dohi, Y. Nishida, Carbohydrate Res.
344, 36-43, 2009
3.Mycoplasma fermentans
glycolipid-antigen as a pathogen of rheumatoid arthritis.
Y. Kawahito, S. Ichinose, H. Sano, Y. Tsubouchi, M. Kohno, T.
Yoswhikawa, D. Tokunaga, T. Hojo, R.Harawsawa, T. Nakano, K. Matsuda Biochem. Biophys. Res. Com. 369 : 561-566, 2008
4.Structure of a novel
phosphocholine-containing aminoglycoglycerolipid of Mycoplasma fermentans
K. Matsuda, I. Ishizuka, T. Kasama, S. Handa, N. Yamamoto, T.TakiBiochim. Biophys. Acta.1349 : 1-12, 1997
5.Structure of a novel
phosphocholine-containing glycoglycerolipid from Mycoplasma fermentansK. Matsuda, T. Kasama, I. Ishizuka, S. Handa, N. Yamamoto, T. Taki
J. Biol. Chem. 269 : 33123–33128, 1994
以上 5編
【主な関係業績】
1.マイコプラズマ感染症早期診断の新技術 松田和洋
特集
マイコプラズマ感染症:基礎と臨床の最前線 Mebio Vol.29 No.10 62-73, 2012
2.Glycosphingolipid compositions of human T-lymphotropic virus type I (HTLV-I) and human immunodeficiency virus (HIV)-infected cell lines Matsuda, K., Taki, T., Hamanaka, S., Kasama, T., Rokukawa, C., Handa, S., Yamamoto, N. Biochim. Biophys. Acta 1168:123-129, 1993
3.Phosphocholine-containing glycoglycerolipids of Mycoplasma fermentans as a pathogen of rheumatoid arthritis: Possible role of Mycoplasma fermentans GGPLs in the pathogenesis of neuroendocrine-immune abnormalities K. Matsuda Recent. Res. Devel. Neurosci. 1: 15-23, 2004
4.Phosphocholine-containing glycoglycerolipids (GGPL-I and GGPL-III) are species-specific major immunodeterminants of Mycoplasma fermentans Matsuda, K., Li, J-L., Harasawa, R., Yamamoto N. Biochem. Biophys. Res. Com. 233: 644-649, 1997
5.Synthesis and absolute configulation of a novel aminoglycoglycerolipid, species-specific immunodeterminant of Mycoplasma fermentans. Nishida, Y., Takamori, Y., Ohrui, H., Ishizuka, I., Matsuda, K., Kobayashi, K. Tetrahedron lett. 40:2371-2374, 1999
6.Synthesis of artificial glycoconjugate polymer carrying 6-O-phosphocholine -α-D-glucopyranoside, biological active segment of main cell membrane glycolipids of Mycoplasma fermentans. Nishida, Y., Takamori, Y., Matsuda, K., Ohrui, H., Yamada, T., Kobayashi, K. J. Carbohydr. Chem. 18:65-72, 1999
7.Synthesis of artificial glycoconjugate polymer carrying 6-O-phosphocholine -α-D-glucopyranoside, biological active segment of main cell membrane glycolipids of Mycoplasma fermentans. Nishida, Y., Takamori, Y., Matsuda, K., Ohrui, H., Yamada, T., Kobayashi, K. J. Carbohydr. Chem. 18:65-72, 1999
8.An easy α-glycosylation methodology for the synthesis and stereochemistry of mycoplasma α-glycolipid antigens Y. Nishida, Y. Shingu , Y. Mengfei , K. Fukuda , H. Dohi , S. Matsuda , K. Matsuda Beilstein J Org Chem. 8, 629-639, 2012
9.Molecular cloning and expression of a novel cholinephosphotransferase involved in glycoglycerophospholipid biosynthesis of Mycoplasma fermentans N. Ishida, D. Irikura, K. Matsuda, S. Sato, T. Sone, M. Tanaka, K. Asano, Curr.Microbiol. 58: 535–540, 2009
10. Variation of genes encoding GGPLs Syntheses among Mycoplasma fermentans Strains. M. Fujiwara, N Ishida, K. Asano, K. Matsuda, N. Nomura, Y. Nishida, R. Harasawa, J. Vet. Med. Sci. 72: 805–808, 2010
11. マイコプラズマの糖脂質:マイコプラズマ感染症の予防、診断、そして治療に向けて 松田和洋、西田芳弘
「糖鎖を知る」その素顔と病気への挑戦:(独)科学技術振興機構 157-162, 2010
12. マイコプラズマ脂質抗原を標的としたマイコプラズマ感染症の新しい診断-予防-治療法の開発 松田和洋 日本マイコプラズマ学会雑誌、第36号 84-87, 2009
13. マイコプラズマ脂質抗原の発見およびワクチン開発の新技術 松田和洋
日本マイコプラズマ学会雑誌、第37号 32-34, 2010
以上 13編
【プロジェクト】
1. 独立行政法人産業技術総合研究所バイオメディシナル情報研究センタータスクフォースプロジェクト「マイコプラズマ糖脂質を標的とした診断-治療法の技術開発」(2009年1月~2011年3月)にて、特許出願(出願人:エムバイオテック株式会社・独立行政法人産業技術総合研究所・国立感染症研究所)
2. 独立行政法人産業技術総合研究所生物情報解析研究センターとの共同研究
「マイコプラズマ特異的脂質合成酵素を標的としたリウマチ性疾患診断-治療システムの研究開発」
(2006年4月~2009年3月)
3. 北海道経済産業局戦略的基盤技術高度化支援事業「生体内微量物質GGPL-Ⅲの発酵生産法及び高純度化法の開発」(2006年11月~2009年3月)
4. 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)産業技術実用化開発費補助事業研究開発型ベンチャー技術開発助成事業「質量分析による患者血清からの脂質抗原迅速分析システムの開発」(2006年9月~2008年3月)
5厚生労働省科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業 特定疾患の微生物学的原因究明に関する研究班 「Mycoplasma fermentans生菌投与ウサギを用いたリウマチ性疾患モデル開発の検討 」(2006年5月~2011年3月)
【学会発表】
1. 松田和洋 マイコプラズマ脂質抗原の発見およびワクチン開発の新技術 日本マイコプラズマ学会雑誌、第37号 32-34 (2010)
2. 松田和洋 マイコプラズマ脂質抗原を標的としたマイコプラズマ感染症の新しい診断-予防-治療法の開発 日本マイコプラズマ学会雑誌 第36号 84-87(2009)
3. 松田和洋 マイコプラズマ脂質抗原を用いた診断システムの開発 日本マイコプラズマ学会雑誌 第35号 41-43 (2008)
4. 松田和洋、只野-有富桂子、飯田-田中直子、新宮佑子、富山哲雄、原澤 亮、森田大児、楠 進 神経障害因子誘導に関わるMycoplasma pneumonie 特異脂質抗原の構造解析 日本マイコプラズマ学会雑誌 第34号 45-46 (2007)
5. 松田和洋、西田芳弘.マイコプラズマの糖脂質:マイコプラズマ感染症の予防、診断、そして治療に向けて 「糖鎖を知る」その素顔と病気への挑戦 (独)科学技術振興機構
6. Matsuda, K., Ichiyama, K., Matsuda, S., Koizumi, A., Fukuda, K., Dohi, H., Harasawa, R., Saito, A., Nishida, Y. Chemical structures, syntheses and applications of Mycoplasma pneumoniae-specific β-glycolipid antigens. 第25回国際糖質シンポジウム (2010)
7. Kawahito, Y., Ichinose, S., Sano, H., Tsubouchi, Y., Kohno, M., Yoshikawa, T., Tokunaga, D., Hojo, T., Harasawa, R., Nakano, T., Matsuda, K. Mycoplasma fermentans glycolipid-antigen as a pathogen of rheumatoid arthritis. 18th Congress of The International Organization for Mycoplasmology. (2010)
8. Matsuda, K. Novel Technologies for Mycoplasma Lipid-antigen Discovery and Vaccine Development. 18th Congress of The International Organization for Mycoplasmology. (2010)
9. Matsuda, K. Novel Technologies for Mycoplasma Lipid-antigen Discovery and Vaccine Development. (マイコプラズマ脂質抗原の発見およびワクチン開発の新技術) 第9回バイオテクノロジー国際会議 バイオアカデミックフォーラム(2010)
10. Matsuda, K. Novel Technologies for Mycoplasma Lipid-antigen Discovery and Vaccine Development. BIT Life Sciences’ 2nd World Congress of Vaccine. (2010)
11. Matsuda, K. Development of diagnostic system based on Mycoplasma lipid-antigens. The 4th Academic Congress of Asian Organization for Mycoplasmology. (2009)
12. Kawahito, Y., Sano, H., chinose, S., Tsubouchi, Y., Khono, M., Yoshikawa, T., Tokunaga, D., Harasawa, R., Sato, Y., Matsuda, K. Mycoplasma fermentans-specific phosphorylcholine-containing glycolipids as a pathogen of rheumatoid arthritis. ACR/ARHP Annual Sientific Meeting (New Orleans, USA) (2002)
13. Matsuda, K., Symposium II : Recent clinical topics and issues of Mycoplasma pneumoniae pneumonia. Is it Possible to Diagnose Mycoplasma pneumonie infection Earlier? Joint Congress of 5th AOM & 38th JSM (2011)
14. 第82回日本細菌学会総会
Mycoplasma fermentans生菌投与ウサギを用いた関節炎モデル開発と抗糖脂質抗体の解析佐々木裕子・永田典代・網 康至・須崎百合子・松田和洋・荒川宜親 (2010)
15. 第85回日本細菌学会総会
: シンポジウム (S3-5) マイコプラズマ感染症
Symposium (S3-5) : NOVEL SERODIAGNOSIS OF MYCOPLASMA INFECTIOUS DISEASES BASED ON LIPID-ANTIGEN TECHNOLOGIES. Kazuhiro Matsuda M Bio Technology Inc./ Keio University School of Medicine March. 27-29, 2012 Nagasaki, JAPAN